【6号】陽太くんの物語スピンオフ~佐藤健一の物語 令和070328

 「佐藤健一の物語:遠くの光と喫茶店の灯り」

第2章:遠くの夢(2013年~2020年)



2013年、青葉市の冬は静かで冷たい。俺、佐藤健一は38歳で、アパートの窓から雪が降るのを見つめてた。あれから3年、陽太と会うのはこれが最後になるなんて思ってもみなかった。美紀に頼み込んで、陽太を喫茶店に連れてきてもらった。11歳の陽太は少し背が伸びてて、俺を見て「お父ちゃん、元気?」と小さく笑った。俺は「仕事忙しくてな」と目を逸らして、コーヒーをかき混ぜた。陽太が「お父ちゃん、いつ帰ってくるの?」と聞いてきた時、心臓が締め付けられて、言葉が詰まった。「しばらくは…ここにいるよ」と呟くのが精一杯だった。

別れ際、陽太が「お父ちゃん、またね」と言った。その笑顔が胸に刺さって、俺は「またな」と掠れた声で答えた。でも、陽太が美紀と去っていく背中を見ながら、俺は知ってた。この「またね」が永遠に果たされない約束になるって。家に帰って、俺はテーブルに突っ伏して、「陽太、ごめん」と嗚咽を漏らした。手が震えて、陽太の笑顔が頭から離れなくて、俺は自分を呪った。家族を失ったのは俺のせいだ。

2015年、陽太が13歳の夏。青葉市の蝉の声がアパートまで響いてきて、俺は40歳で市役所の課長補佐になった。昇進しても心は埋まらなくて、毎日が同じ繰り返しだった。そんな時、美紀の知人だった田中さんが市役所に用事で来て、ぽつりと漏らした。「陽太、最近ファッション雑誌に夢中みたいだよ。モデルになりたいってさ」。俺は一瞬息を止めて、「あいつらしいな」と笑った。陽太の切れ長の目と笑顔が、雑誌の表紙を飾る姿が頭に浮かんだ。でも、その夢を近くで見られない俺に、何ができるんだ?

夜、アパートでビールを飲みながら、陽太の夢を想像した。「陽太、お前なら輝けるよ」と呟いて、テレビの電源を入れた。画面には何も映らないけど、心の中で陽太が笑ってた。俺は立ち上がって、鏡を見た。疲れた顔と薄くなり始めた髪。陽太にはこんな父ちゃん、見せられないな。そう思って、目を閉じた。


2020年、陽太が18歳になった年だ。俺は45歳で、青葉市の地元紙を手に震えた。「東京でモデルデビューした若者が医療ミスで重傷」と見出しが踊ってた。記事を読んでいくうちに、血が冷たくなった。佐藤陽太。俺の息子だ。美紀に電話をかけた。「美紀、陽太か?新聞の…陽太なのか?」と叫ぶと、美紀が冷たく「健一、今はそっとしておいて」と切った。俺は受話器を握り潰しそうになって、床に崩れ落ちた。「陽太…陽太!」と叫んでも、声は部屋に虚しく響くだけだった。

陽太が上京してモデルになったことすら知らなかった。美紀が俺に何も言わないのも当たり前だ。俺は陽太の人生から締め出されてた。藪田クリニックって名前を記事で読んで、ネットで調べた。薄暗い手術室で、陽太がどんな目に遭ったのか想像して、胃が締め付けられた。俺がそばにいたら、こんなことには…。頭を振って、その考えを振り払った。陽太はもう俺を必要としてない。でも、心の奥で、陽太の小さな手が「お父ちゃん」と呼ぶ声が響いて、涙が止まらなかった。


夜、市役所からの帰り道、俺はコンビニで買った弁当を手に川沿いを歩いた。陽太を肩車して歩いたあの道だ。「陽太、頑張れ」と呟いて、空を見上げた。星が一つ、遠くで小さく光ってた。あれが陽太の夢なら、俺には届かない。でも、消えないでくれ。そう祈った。


第2章の終わり

陽太の夢は遠くで輝き始めてたけど、俺の手には何も残ってなかった。陽太と美紀が俺の人生から離れて、俺は一人で立ち尽くすしかなかった。でも、あの小さな笑顔と、「お父ちゃん」と呼ぶ声が、心の奥でまだ消えてなかった。俺は知らなかった。その遠くの夢が、いつか俺を立ち上がらせる光になるなんて。


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